ウェルビーング

包括的アプローチ:身体・心・環境

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企業が従業員のウェルビーングに取り組む際、多くの場合は身体的健康と人間工学からまず始めます。それは従業員の健康要素、例えば肥満、禁煙、運動などにフォーカスを当てることに加え、ケガを防ぐための人間工学にも目を向けます。

1980 年代に人間工学が普及したことで、生体力学に対す る人々の理解も深まり、ワーカーの姿勢をサポートする重 要性などが増しました。1980 年代はデスクトップコンピュ ータを使用するオフィスワーカーがほとんどであったため、 その静的で固定した姿勢をサポートすることが重要でし た。Steelcase は画期的な研究を発表し、背骨の動きを 真似するダイナミックなサポートの重要性を説き、人間工 学のための新たな業界基準を築いてきました。

「私たちの研究結果を受けて、私たちはウェルビーングとは適切にサポートされたソーシャルな環境の中で健康的な身体と心が年月をかけて少しずつ持続していくものであると定義しています。」

Steelcase の研究員は「動く」ということの重要性に関す る研究にも着手し、ワーカーが一日の間を立ったり、座っ たり、歩いたりしながら仕事をこなしていくことを推奨して います。Marc T. Hamilton(2007)、Pedersen(2009)、 Stephens(2010)の最近の研究では、長時間座りっぱ なしという行為と肥満、メタボリックシンドロームや糖尿病 などに広がる健康問題との関係に光を投げかけました。長 く、動かずに座っている行為は身体には負担が多く、代謝 機能を低下させ、免疫機能を弱体化させます。一日中座っ た後に例えジムで運動をしてもその負の効果をひっくり返 すことはなかなか難しいということです。

その後、携帯デバイスの登場で人々はさらに長くチェアに座ることが多くなりました。そして従来のチェアはまだタブレットなどの携帯デバイスがない時代にデザインされたもので、テクノロジーの進化は新たなタイプの姿勢を招き、更なる身体の痛みを生み出しています。

「企業にとって人間工学がまずは最初に浮かぶ項目で す。手に収まったデバイスを見るために首を下げ続ける 行為の結果として起こる上肢、特に首や肩の痛みは一 般的になってきています。」とSteelcase のシニアエル ゴノミストであるKevin Butler 氏は述べています。

Butler 氏はこう指摘します。ワークプレイスはさまざ まな姿勢のパレット、つまり「座る」、「立つ」、「歩く」、「腰 掛ける」、「身体をよじる」というような姿勢をチョイス できる多様なワークセッティングをサポートするように デザインする必要があるということです。

「本質的に身体に悪い姿勢は促進されるべきではない のです。私は多くのクリエイティブで、熱気が溢れたワ ークプレイスを見てきました。しかし、そのような場所 でも人間工学が適切にサポートされていないのです。 このことは個人、企業双方にとって決して適したソリュ ーションではありません。」とButler 氏は続けます。

人々には人間工学サポート、特に一日を通して動くことが健康につながることから、動くことを促進する環境、そして座る際にはチェアは今日の働き方に適した座り方をサポートすることが必要です。

グローバルな建築設計事務所であるGensler のリサー チャーやデザイナーもこの問題には同感しています。ウ ェルビーングは複数の側面を持っています。しかし、残 念ながら多くの企業は従業員の身体的な健康を保つた めにある程度の投資をし、それで問題は解決したと思 っています。シカゴのGensler のリージョナルマネジン グプリンシパルとして、健康とウェルネスセクターで陣 頭指揮をとるNila Rl Leiserowitz 氏はこう述べていま す。「会社の中にフィットセンターを設けたら、それで ウェルビーングのすべてに対応できたと考えているので す。しかし、それは一部分にすぎません。肝心なこと はフィットネスセンターでもなく、調節できるチェアで もないのです。そして、物理的スペースに目を向けるだ けでも十分ではないのです。ウェルビーングとは企業文 化、人材戦略、環境を横断的に捉えることで、それは 一つの共生するエコシステムのようなものかもしれませ ん。」

心と身体の関係

企業がますます複雑な問題に直面すると、ウェルビーングには複数の側面があり、身体と心の間の関係であることを改めて感じるのです。今日、科学者たちは私たちの身体的、精神的な状態の相互依存と人間の知覚がどのように人間の認知や感情に影響を与えるかについて研究を重ねています。

私たちの研究員たちは例えば表面がハードかソフトか、荒 いか柔らかいかなどの触覚がそれとは全く関係のない対人 関係に影響を与えているかもしれないことも発見していま す。そして、認知のウェルビーングに影響を与えているもう 一つの要因はノイズです。イギリスに拠点を置くコンサルタ ント会社、The Sound Agency の会長であるJulian Treasure 氏によるとノイズは心理的、生理的に負の効果 をもたらすと言います。

ワークプレイスでのノイズは従業員のストレスホルモンレベルを下げたり、記憶力や読解力、また人と交わるという意欲を低下させたりするというのです。ワークプレイスでの刺激的なノイズは、例えば、空調、不快な着信音、交通、建設現場の音、「ピンクノイズ」と呼ばれるサウンドマスキング音、特に周りの人の声など、そのノイズの種類はさまざまです。

「認知ということに関して、多くの調査研究があり、特に騒 がしいオフィスでは最も有害な音は他の人の会話の音だと 言います。」とTreasure 氏は続けます。

騒がしい環境は時間の経過とともに悪化する傾向がありま す。なぜなら人々は大きな声で話し始めるとコンバート効果 によって周りも騒がしくなるという実験結果があるからで す。ワークプレイスが騒がしくなることで健康と生産性に も大きな影響を及ぼします。Treasure 氏が実施したひと つの研究によるとその生産性は66%も低下したということ です。

それと同時に、彼によれば、オープンに開かれた環境は多くのタイプの仕事にとって最適であるということです。「一つの働き方が唯一の方法ということはありません。人々の働き方にあったスペースを提供することがここでは必要になってきます。」また、その逆に静かな仕事場は度が過ぎてうんざりすることもあります。しんと静まりかえった場所はすべての音が聞こえて時に威圧的なことがあるからです。

Treasure 氏が言うには、解決策は多種多様な環境を提供 し、そこで遂行する仕事やユーザーのために音を意識して それぞれの場をデザインするということです。仕事環境は ただ単に見た目だけを考えるのではなく、すべての人間の 感覚を考慮して、人間の体験のためにデザインされるべき なのです。

「認知過多」が主流になっている今、カリフォルニア大学や 他の大学機関の研究者たちは認知プロセスがいかに環境 と身体の相互作業に関係しているかを研究しています。彼 らの研究によると、人々の集中時間や記憶には限りがある ため、認知機能を環境に持たせた際に人はいかに仕事を 効果的にこなすことができるかも明らかにしています。例 えば、ホワイトボードを搭載して仕事を視覚化できる場を 与えることで情報を整理しやすくなるということもその一つ です。さらに、Steelcase の研究員たちはテクノロジー対 応型アーキテクチャー家具によって日常的な作業がどうし やすくなるか、例えば機器の電源のオンオフなどの機能に 関しても掘り下げながら研究しています。環境の中に機能 を持たせることができれば、人は他の複雑な問題に取り組 むためにもっと脳の能力を解放できるはずです。

仕事をしていて心地よい

Gallup 社のグローバルなウェルビーング研究はパワフルな 身体/心のつながり=仕事に向かわせるものを探るもので した。仕事に向かわないことがその後の診断として鬱病を 引き出し、コレステロールや中性脂肪の上昇を招く主な指 標にもなりました。企業にとってさらに憂慮すべきは世界 中の3 分の1 のワーカーは仕事の終わる時間を待ち望んで いるという事実です。それによって彼らは退社する時間が 近づくとどんどん幸せを感じるようになるのです。仕事に 集中できないワーカーは生産的でないだけでなく、ストレ スからくる身体的、精神的な問題から企業にとってはさら にコストがかかることになります。日常のストレス要因は「戦

うか、逃避するか」という答えのために常に警戒している状態でいなければならないという負の状態を生み出してしまいます。最終的にはストレスにさらされることから生まれるコルチゾールや他の負のホルモン物質がさらに身体と心を疲れさせ、最悪の状態をつくりだしてしまいます。

「西洋文化では一般的に心と身体、そして環境を分けて考えがちですが、東洋文化では古くからそれらは複雑に相互に関係していることが信じられています。」

生物学的衝動としての感情

ウェルビーングの身体的側面に対して常に多くの注目が集 まることから、Steelcase の研究員たちは多くの企業が口 を閉ざして語らない感情的側面について焦点をあてること にしました。人々がどのように感じるかは自分の健康と仕 事の両方にインパクトを与えます。「仕事は活動であり、何 かをすることです。感情は私たちの身体と心に行動するよ うに伝えます。心と身体をつなげるものが感情なのです。

人間は自然に進化した生物有機体で、人間が生存しつづ けることができるかは人間を取り囲む環境が安全である か、危険であるかを適切に判断し、行動できる能力にか かっています。危険を感知すると身体は走るか、戦うかで 反応します。その一方で、安全で、協力的な環境であると 感知すると、身体はリラックスし、心では他のことを考え 始めます。」とArantes 氏は述べています。

Arantes 氏が強調するのは「人間の生存は人間の感情に よって起こる適切な行動に依存しているなら、生物学的に それはどのように導かれるのでしょうか。人間は身体とい う有機体を修復させながら継続的に進化しています。私 たちの心が悲観的な状態の時はこの修復が難しいのです。 ですから、日常生活の中で、この悲観的な負の感情を楽 観的な正の感情に転換することが極めて重要になります。 人間はポジティブで楽観的な感情をサポートする環境に身 をおいた時に、よりコラボレイティブで、生産的で、創造 的に仕事をこなすことができるようになるのです。」

「人間はポジティブで楽観的な感情をサポートする環境に身をおいた時に、よりコラボレイティブで、生産的で、創造的に仕事をこなすことができるようになります。」

創造型ワークにシフトする

人々の働き方が変化するにつれ、そのニーズも変化します。ニーズが変化すると、仕事環境もそのニーズに対応するように変化します。オフィスの変革は主にはプロセス型ワークから創造型ワークへの「場」へのシフトであり、それはウェルビーングにも大きく影響を及ぼします。創造型ワークとは繋がること、新しいアイディアにオープンであること、リスクをとること、そして実験するというプロセスです。心がストレス状態の場合はこれらの行動を起こすこともできません。創造型ワークを実践するにはワークプレイスが今まで以上に重要な役割を果たし、そこで多くのことが成し遂げられるようにデザインされなければなりません。

「例えば、Zappos やGoogle のような企業はウェルビー ングに対して感情的なアプローチを採用し、楽しく、創造 的な職場として企業を売り込むことに投資しています。」と Arantes 氏は続けます。「彼らはその結果から収益を得て、 このポジティブな社員モラルが人材募集の際の大きな魅力 になっています。」

しかしながら、ほとんどの企業は職場でのウェルビーング を実現するために、未だに直感や試行錯誤に頼っています。 ウェルビーングの研究調査によると、ウェルビーングは人 間工学、空調や他の要素以上にオフィス環境に大きな影 響を及ぼします。そこに欠けているのはウェルビーングに とって重要であると思われる要因や発見を明確にすること と、どのように企業がこれらの要因を環境に適応させるか の実施プランなのです。Steelcase のチーム目標はまずは この不足しているものを埋めるということでした。

「私たちの調査の前提はただウェルビーングを理解したいという思いだけではなかったということです。」とBenoist氏は説明しています。


あなたの仕事環境はウェルビーングを損なう環境ですか?

イノベーターのグローバルコミュニティ、ポップ・テックの キューレターであるAndrew Zoli 氏が未来の働き方をテ ーマにした最近の会議上で、参加者たちに仕事がはかどる 場所とはどこかを尋ねたところ、なんと回答は仕事場では ありませんでした。その場所は集中でき、エネルギーを充 電できるカフェやホームオフィス、図書館などでした。そ のグループの中で一人だけ、明確な目的をもって改装され た活気に満ちたオフィスだと答えた人がいました。

その後、この会話が他の多くの人の議論を呼び、オンライ ン上で、また他の様々なフォーラムで仕事がはかどる最高 の仕事環境とはどういうものかについての熱心な論議が 巻き起こりました。作家である、Jason Fried やDavid Heinemeier Hason 両氏は新書の「Remote リモート」 の中で、「人々はもうオフィスを必要としていない」と主張 しています。

ビジネスリーダーたちはこの意見には同感しないでしょう。遠隔で仕事をすることはある社員にとっては可能な選択かもしれませんが、社員は社員同士で、そして組織とつながっている感覚を望んでいて、会社に出社することでそれが可能になるのです。大事なのは人々がそこにいたいと感じる「場」であるオフィスを創造することです。なぜなら、その環境の中では人は能力を最大限に発揮でき、仕事をこなすことができるからです。

Steelcase の継続的な研究調査では、ワーカーが創造的 で生産的であるために何が必要なのかを明らかにし、ワ ークプレイスの問題点を特定しています。

先進的企業は物理的環境に着目し、その環境が社員のウェルビーングに重大な影響を与えることを認識しています。多少の努力でも人々が出社した時よりはハッピーな状態で帰宅することは可能なのです。

プライバシー
95%極秘のミーティングなどに静かでプライバシーのあるスポットは必要
40%そういう場所はない

集中
95%集中ワークができる静かでプライバシーのある場所にアクセスできることは重要
41%静かなスペースにアクセスできない

基本的な項目を満たす
50%景観のよいスペースがない
40%自然光がない
30%空調が悪い
37%環境の悪さのために一日のうちに最 大30 分は時間を無駄にしている

休息
91%充電するためのカジュアルなスペースが必要
51%オフィス内に休息する場所がない

Next: ワークプレイスにおけるウェルビーングの6つの側面

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後10年もすれば、かつてキッチンの壁に掛かっていたダイヤル式電話ように、今のあなたのオフィスも古臭く見えるだろう。今日の私達を取り巻く環境における変化の合図を注意深く分析し、Steelcaseの研究員はこれからたった10年後に起こり得るであろう仕事の仕方や場所についての7つの興味深いシナリオを考案した。ワクワクしようが身の引き締まる思いに駆られようが、これらは確実に、今日私達が経験しているものとは大きくかけ離れた未来についての見解をかき立てるものである。

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