在宅勤務に潜む不公平感
コロナ禍をきっかけに世界中に広く浸透したテレワークや在宅勤務。しかし、Steelcase *の最新実態調査で明らかになったことは、在宅勤務は立場の違いによって大きな格差が生じていることだ。その理由のひとつが自宅での仕事環境の質で、人によってその環境が異なるため、不公平感や不満が生まれるということである。環境の不備はウェルビーイングの低下やストレスの増加を招き、最終的には仕事の生産性や労働意欲の低下につながるという。調査によると、世界の企業の72%が、オフィス勤務と在宅勤務を組み合わせたハイブリッド型勤務体制の導入を検討していることも明らかになっている。自宅で仕事をする際の住環境が仕事の質に影響を及ぼし、ひいては企業の業績を左右するといっても過言ではない。
従業員は、自宅での仕事環境が整っている/整っていないグループに分けられ、それが仕事の成果に直接つながることになる。 実際はその整備を決定する組織での立場が上にいくほど在宅勤務に最適な環境を持っている中で、在宅勤務で誰もが最高の成果をあげられると期待するのは偏った考え方になる。
研究リサーチ
Steelcaseの研究チームは、在宅勤務での典型的なスペースを4つにタイプに分類し、各スペースでの異なる体験とスペースが仕事の成果にどう影響するかを綿密に調べ上げた。

フル活用する
人によっては自宅に仕事用のホームオフィスや独立した書斎を構えている人もいる。テレワークをきっかけに以前からあったこれらの場所がメインの仕事場として機能し始める。

を区切る
リビングの一部を区切り、仕事に相応しい家具を新たに購入し、可能な限り快適に機能するスペースを既存のスペースの中に組み込む。

多目的に活用
既存の家具やスペースはそのままに、プライベートと仕事の両方を機能させる。仕事用機器等は常時そこに置かれるため、今までの雰囲気は徐々に損なわれていくことになる。

最小限の変更で、日常の生活空間の中で仕事を遂行する環境をつくる。あくまでも主体はプライベートで仕事をしない時は本来のスペースに戻る。
研究チームは、統計的特性、自宅環境の質、および機器や什器(高速WiFi、デスク、人間工学チェア、モニターなど)を把握、分析し、これらの要素が働く人のウェルビーイング、ストレス、労働意欲、チームの結束力といった主要なパフォーマンス指標にどう影響したかを調べた。
結果:従業員の自宅での作業環境の質とウェルビーイング、ストレスレベルの間には直接的な相関関係があり、仕事のパフォーマンスに影響を及ぼすと結論づけた。 在宅勤務に適した環境が整っていればいるほど、ストレスが少なく、仕事の質や成果も高くなる。しかしながら、実際は立場によっても環境は大きく異なり、在宅勤務の環境整備への支援など福利厚生の拡充化が早急に求められている。
「持てる者」の恩恵
テレワークの間、自宅のソファに座りながらノートパソコンで仕事をする人もいれば、自宅の独立した書斎でオフィスにいるのと同じ最高の環境で仕事を快適にこなす人もいる。高速ネット環境や機器、人間工学を配慮したチェアなどが揃った仕事に適した環境である。この環境こそがストレスレベルの低下とウェルビーイングを保ちながら、仕事の成果につながっている。この「持てる者」グループは、一般的に企業の管理職など高収入の人が多く、コロナ禍でも在宅勤務での恩恵を受けている人たちと言えるだろう。
「持たざる者」の奮闘
一方、リビングで仕事をせざるを得ない中、ワークスペースをいかに日常の生活空間に組み込むかに苦労している人も多い。基本的に生活空間は他者と共有されるため、生活音や家族の存在が視覚に入ったりと視覚的、音響的なプライバシーの調整が難しく、仕事が中断し、集中できないという問題は避けられない。また、仕事を遂行するのに相応しい人間工学に基づいたチェアやデスクなどが揃っていないこともある。集中力の欠如や不適切な什器による体調不良や不快感が、心身共のストレスを増加させ、それが仕事への意欲や生産性の低下を招く。そして、その状況に置かれているのは立場の低い収入がより少ない女性であることも多く、在宅勤務が長期化すればするほどその状況が悪化してきているのが現状である。
より包括的戦略の導入
これらの調査結果から希望の光を見出すとすると、それはこれらの貴重で実用的な知見を実際の戦略立案へと生かし、すべての従業員のためのより豊かな環境づくりを再構築することで事業の成果につなげることである。まずはテレワークでの自宅での仕事環境が従業員の生産性や心身共のウェルビーイングにどう影響するかを把握すること、そして、一部の人の孤立化を招かないように働く人全員が公平に利益を享受できる方針と戦略を立案することである。自宅で仕事の成果を上げるために、現状の生活空間を仕事に適したスペースへとどう変更すべきかを分からないことも多い。調査によると、3分の1ほどの人が人間工学を配慮した適切なチェアが自宅にあると回答している。それだけでも作業中の快適さを実感することだろう。さらにはストレス低下やウェルビーイング改善、ひいては生産性や仕事意欲の向上、チームの結束感の強化にも貢献することになる。
しかしながら、自宅での仕事環境は、完全に企業組織の管理下にあるわけではない。仕事に最適なチェアや間仕切りなどを与えるなど自宅の環境整備コストを負担することはできても、仕事に集中できる適切な空間があるかどうかを企業が把握することは難しい。企業が今後の働き方、つまり、オフィス勤務、在宅勤務、その組み合わせであるハイブリッド型の導入を検討する際に考慮すべきポイントは、在宅勤務に偏ることから生じる従業員の間の格差やそれに伴う不公平感や不満である。オフィス再開にあたっては、オフィス環境は全ての従業員に公平な環境と快適さを提供すべきである。その対策とは、誰一人として孤立させない、組織の繁栄を促すための「コミュニティ」としてのより包括的な協働環境整備であろう。これからのオフィスは、個人とチームの能力を最大限に引き出す「場」であるからこそ、出社するという明確な目的と意義を持つ魅力ある「場」へと変貌を遂げなければならない。
それに向けて、企業は、組織内での環境への不平等や不公平感を無くすような最適な対処方法を模索し、自宅とオフィス両方での環境整備を加速させ、全従業員が「コミュニティ」としての一体感や帰属意識を日々感じながら、仕事に邁進できる環境を再構築すべきである。